昭和50年 05月18日 月次祭



  お祭り前に栄四郎がここで前講を勤めておりました。実に面白いお話を致しておりましたが、もう本当に微笑ましいと言うか、所謂全国で僕が一番若いお道の教師だと、それが自慢です。お道で一番若いお道の教師なんです。申しておりました様に、僕は子供の時から親先生の様になるというのが夢だった。渕上先生が草野小学校に勤めておられる時、あんたとこの家の子供はこげなこつば言うばい、どげなこと言いいますかねと言うたら、親先生になりたいとこう言う。
 親先生と云う事がどう云う事か分からんなりに、親先生の様になるのが夢である、しかもその夢は今も尚持ち続けておるんだと。どうぞ神様に必ず朝の御祈念に「親先生の様な信心をさせて下さい、真似でもさせて下さい」というてお願いはするけれども、一日を締め括って見ると、相すまん事ばっかりだという意味の事を話しとりました。まあ子供の目から見る親と云う物は、そういう私くし位な親でも完璧にまぁ見えるのじゃないでしょうか。私はそれをもう聞かせて頂きながら。
 是は愈々完璧を、私自身親自体が目指さなければいけないなと云う風に思いました。
  今日末永先生の長男信太郎君が誕生致しまして、今日が普通で言うあのう、日晴れと言うんですかね。あのう三十日がたった。それで今日はもう今日赤ちゃんを連れて帰って参りました。それでまぁそれこそ赤飯どもお供えでもさせて頂いて、神様にお礼を申し上げてくれと云う事で御座いました。
  その事を私神様にお届けさせて頂きましたら、頂きますのが八波の御神鏡が真っ黒うしておる所を頂いたね。こりゃ鏡が真っ黒うしておる。それですから親がね、この御神鏡を光輝く物に、言うならば本心の玉を愈々改めて磨いて、垢を落として磨いて行くと云う事に精進するならば、この子の将来はそれこそ輝かしいものになろうぞ、と云う御理解です。親と云う者じっとしておれません。
 子供がおかげを頂く為にはね、親が先ず磨いてやっとかなければならん。そこに子供に輝かしいおかげの世界が約束されるのだ。今日は北九州、所謂九連の青年の方たちが各教会の主だった幹部だけが五十名余り、昨日からまたは今朝から集まって私の話をまぁ聞いて下さる。一時間四十五分話してくれと云う事で御座いましたから、まぁ一時間四十五分話させて頂きました。
   どう云う事で話すかと言うたら、講題がこう書いてある。私はそのうまぁどげな話でもよかかと思とったらそう云う訳にはいけん。所謂その若者青年の信心の所謂未来を開くですか。こっちは口こじっては分からん事を書いちゃる。その事に付いて話さして頂こうという訳で、まぁ話させて頂いたんですが、今の私は信太郎君の今日の初参りの御理解を聞いて頂きました。本当に皆さんの双肩に今後の金光教が掛かっとる。
 本当に未来のある皆さんの為にね、矢張り私は、間違いのない所に焦点を置いての信心でなからなければならないと。お話をしておりましておりましたけれども、途中から切れてしもうてから、お話が出ないのです。ですから私は段々お話しをしておると、非常に過激になるその性分がありますから、もう今日は穏やかに穏かに、よその教会の信者ばかりですから、と思うておりました。
 そしたら会長先生がここでお届けをされるのにまぁ何と言われましたか、兎に角皆んながね若い者が、シャンとする様な所謂気合を入れてやってくれ、そういう意味のお話を頂きたい、というお届けがありました。その事を頂くんです。それから私は又改めて、そのう人間心を使ってはいけないと思うて、神ながらなお話を、もう用意も何もしていない中から、頭に浮かぶままにお話しさせて頂いて。
 随分矢張り刺激が在った様に感じました。と言うのはもう今の金光教の生き方とか信心の焦点が間違ってるるんだと、御取次成就信心生活運動という運動が始められて二十五年間、二十五年間経つけれどもうとうりも増えはいないじゃないかと。むしろぎりぎりになっておるじゃないか。是が金光教の現状じゃないか。それがどう云う訳にそうなのかと云う事を先ず一ぺん突き止めなければならない。
 そしてこれならば間違いのないと言う事をです、私くし共は突き止めて分かって、それに向かって信心を進めて行かなければならない。丁度一年になるが合楽では「合楽示現活動に参画する」という運動が展開されて、三百余りのおかげの泉が一躍八百部に多くなると云う様なおかげを頂いておるのですから、その合楽示現活動と云う事を、出来るだけ噛んで含める様に皆にお話し致しました。
  だから「御取次成就信心生活運動」の内容として「合楽示現活動」と云う事にならなければ神様が示し現して下さる事にならないのだと。示現にならないのだと。いかに「金光大神を現そう」「金光大神を現そう」と言うてしても、神様が現れなさる所か、向こう向いて御座る様に、一つも響きが無かったじゃないか。だから神様が先頭に立ってね、それこそ神仏が不思議な働きを示し現すと言われる、あの「示現」という内容を、皆さんに聞いて頂いたんです。
 是ならば、是が内容になって、御取次成就信心生活運動になって行かなければだめだと言うのですから、まぁ言うならば随分過激な事に、まぁ初めて聞くお話を皆さんが聞いた訳なんです。ね。だからそれはね例えば合楽で人が沢山、今日はまた朝からもう兎に角お参りが、日曜でもありましたから続いとったんです。それを行ったり来たりする間に、兎に角合楽ちゅう所はお参りが多い、どう云う訳で合楽がお月次祭が晩か、兎に角昼はあの様にお参りがあるから、月次祭なんか仕えられる暇はなかと。
 だから夜にお月次祭が出来るんだと言うて説明したんですけれどもね。ですからどう云う訳にあれだけの人が助かっておるか。どう云う訳にあれ程しの人が集まるか。私は何時もそこを求める。私は是で良いとは思わないけれども、先年から阿倍野の教会に飛行機で家内と高橋さんと同道してお参りさして頂いたのも、その素晴らしい信心の信心に触れた時に、私は矢張り飛行機ででも行って、お話を頂かなければおれないものを、衝動的に感じたからやらして頂いたんです。
  そして頂いたものが、合楽の五つの願いであります。新たに是は真似ではありません。けれども合楽の五つの願いはそれを境に合楽の五つの願いというのが、皆さんにその事を実行する、御祈念の度んびに此の事を祈れ願えと云う事になった訳なんです。ですから兎に角あれだけのご比礼言うならば、月に二千名の人が御本部参拝をするというんですからね。その合楽だったらもうそれこそ、もういかにおかげを頂くのご比礼を受けておると言うても、まだまだ足元にも及ばない事なのですから。
 そういう事実がね何処からどう云う信心から、生まれて来るのかと云う事を追求した所が、兎に角阿倍野の先生は十八歳の時に思われた。もう私はこの手、この生き方をしようと決められた「一切を有難く受けて行く」という、この信心に絞られておる事が分かった。しかももう八十からでしょうから、十八歳から八十歳まで、言うなら六十年間「一切を合掌で受ける。御礼を申し上げる。所謂有難い有難いで受けて行こう」と云う事を、十八歳の時に腹を決めたと言われる。
 それが言うならば阿倍野教会のあの御比例の元になっておるんだと云う様な事をね、追求する時にその先生が感じられる所の有難さと、私共が有難いと感じる、感じる度合いが違う。愈々有難くならして頂く為の稽古をしなければならんと、まぁ私は思うておりますがです、ほんならこの辺では合楽が皆んな評判になっておる。山を越えた向こうの教会から、昨夜から参って来ておった方がありました。
 今日の話を聞きたいと言うて。初めての事だから早くの時間からやって来て、山越えをしてすぐの所で合楽「金光教合楽教会ちゃーどの道を通ったらよかろうか」と言うたら、「ああ合楽さんですか。僕は信心はしないけれども合楽さんは知ってますよ」と言うて、わざわざ自動車から降りて地図まで書いてくれた。という話をここでするんです。私は有難いなあと思うたですね。もうここの近所でもない人が合楽教会を知っておって下さった。というだけでも私は有難いと思うた。
 そう云う様にです、例えば有難いと云う事を追求する事だ。そんなら合楽にそう言う合楽がある意味合いにおいて、それは勿論悪名も高い評判もよくない。けれどもそのやっぱしそれが一つの比礼である。一たび来て解ると皆んなが合点行くと云った様な感じが今の合楽の信心でしょうけれどもです。どう云う訳で、あれだけの人が助かるかと云う事を追求すると云う事が大事ではなかろうか。
 そして私が言うておる「合楽示現活動に参画する」と云う事に、そう言う運動に預からせて頂くと云う事のおかげをです、又それをねおかげを頂いておる手続きではない、関係教会の先生方がおかげを受けておる話を、富永先生の話をしようと思ったら富永先生がヒョロヒョロ入って見えた。先日御大祭で御大祭のお礼参拝を今日された。だから今見えた方が熊本の富永先生です。
 それこそあちらの信者の総てが、朝の御祈念に参ってお取次頂く時に「今日もどうぞ合楽示現活動に参画さして下さい」というのが、日奈久の教会のお結界で、それが行われておると云う事実なんです。そこに例えば熊本中の者が、今目を見張る様なご比礼を受けておられると云う事をですね、と云う事をです私は今日聞いて頂いた。ですからその焦点を間違えない。栄四郎じゃないけれども、子供の時からの夢であった親先生になると云う事である。親先生の真似をする。今日でもその夢は捨ててはいない。
 毎朝朝の御祈念の時には「今日もどうぞ、親先生の様な信心を頂かせて下さい。真似でもさせて下さい」と言うて実はお願いをするのだけれども、実を言うたらその真似すらも出来ないと言うて嘆いておりました。けれどもね私はその願いを変えずに持っておると云う事がです、何時かはおかげを頂く時が来ると思うです。唯そげん無気にならんでん、おかげさえ頂けばと云う様な信心ではもう焦点をすでに間違えとる。
 真の信心が逸れとるですね。本当に先生が言われる様に「先生の真似でもさせて頂こう、ああ有りたいああおかげを頂きたい」という。まあ私が徳を受けているというなら、「ああ云うお徳も受けたい」と云う願いを持っているならば、それこそ真似でもしなければおられないのだけれどもですね。今日もまた失敗でした。また明日もお願いするけれども、また失敗に違いないけれどもです、それが何かの拍子に何かの機会に、翻然としてそれに云わば命を掛けて取り組む様になった時に。
 本当のものが生まれると思うんです。ですから本当の所に目指しを置かなければいけないと云う事が解ります。昨日一昨日、大分支部の御大祭でした。もう実に御参拝の皆様は一緒に拝まれた訳ですけれども、それこそ盛大というか華麗というか、華麗なるお祭りでありました。もう中に先生方は御用頂いているのは勿論ですけれども、あちらの支部員の方達がもう一生懸命でした。
 中にまだ最近合楽に参り出したある婦人の方がありますが、もうこの方の働きが皆周囲の者が、もう目覚ましい働きをされた。と言うて綾部さんからお届があっておりましたが、今日皆さんと一緒にお礼参拝をされて。昨日見えましたお礼参拝に、今日は又今度は新たな方達を導いてお参りをして来ております。それに昨日綾部さんから、支部員の方達に、今度親先生の何か書かれた物を色紙一枚ずつでもお配りしたいからと言うて、六、七枚位持って見えましたでしょうか。
 それで私は、色々といろんな私の言うならば信心を一言づつ書かせて頂いた。さあこの色紙には何を書こうかと云う事を神様にお願いしながら書かせてもらっておりましたら「踊る心」と云う事を頂きました。だから私はあのう心と云う字は、点を打って丁度こげな風に踊っとる様なかっこうになりました。ね。そして御理解にも、この色紙だけでした御理解が付いておるのは「踊る心」というのは「喜びで心が躍動しておると云う事だ」と云うて御理解をつけておりましたが。
 たまたまそれを引き当てたか、頂き合わせたのがその婦人であった。もう兎に角その感動がどうも出来んもう電話でお礼を言うだけでは、もう兎に角出来んから、兎に角合楽にお参りして、その事をお礼申しあげねばというのが、今日の御参拝でした。それこそ今はですね、もう普通から言うたらね、何と云うでしょうかもうじっとしちゃおられないと云う様な問題を抱えておられる方なんです。
 所が一たび合楽におかげを頂いて親先生にお任せをする、この先生にならば任せられると思うた時に、もうその思いが取れてしまった。言うならば暑いけれども暑さを感じない。寒いけれども寒さを感じない程しの心こそが、私は喜びに踊る心だと思います。皆さん信心がね、今はそれで良いけれども、何かの機会にぱっとこう直面した時にです、心が喜びに躍動して来る。そういう云うならば躍動した心で栄四郎が願っておる所のね「親先生になりたい、親先生の様な信心を頂きたい」と云う事が夢であるね。
 その夢がそう云う心の躍る様な機会を与えられ、チャンスを与えられる時から、生き生きとして私の歩いた道をそんなに難しい道でも決してないのですから、問題はその気になれば出来る事なのですから、出来る様になって来るのではないか。本当な事が本当な事として出来れるというのは、だから結局は本当の所へ目指しを置いての信心、病気が治りすりゃええ、この問題が解決すりゃあ、それはもう朝参りをしてお話を頂いて、それだけが何十年続いてもだめだと云う事。
  言うならば真の信心を本当に目指させて貰う。なら今日も真の信心にならせて下さいと言うて、祈って願っておるのだけれども、一日を締め括って見ると、あそこも真ではなかった、此処も欠けておったと云う事に気が付くのだけれど、願いだけは、矢張り今日も又明日も同じ願いを繰り返して行く内にです、何かそこに機会が与えられる。それこそ心が躍って来る。心が躍動して来る。
 その躍動して来る心で、その修行なら修行に取り組ませて頂く事が出来るのですから、どうでも皆さん焦点だけは間違いのない、是なら絶対と云う物を焦点にしての、信心の稽古でなからなければならないと云う事で御座います。どんなに器用な良い信心をしておってもです、焦点が狂うておった信心では本当の事にはなって行かないです。おかげを受けても何時も同じ所を堂々巡りしておる進まない。
 今日あっちの幹部の方が言っておりましたが、二、三年前にやっぱり同じ北九連の研修が一晩泊りここであった時に、先生のお話を頂いたが、あの時には随分非難がごうごうであった。と言うのは青年が代表で、断食をするの水をかぶるのというお話をしたんです。それがもう全国的に評判になったんです。合楽という所はそう云う表行をしておるんだと云う事だったら、実は私はしないけれども、信者さん方が「断食する」と言えば「それならお届けをしとこう」
 「水をかぶるという修行をする」と言えば「そんならしなさい」と云う様な程度でしたけれども、私はそう云う表行は何十年間いたしておりません。けれども神様に向かう、その一途な心がそうしなければおられないのであるならばというのが、その時分の合楽の信心でしたがね、今日のお話を頂いておると、もう天地程にひっくり返っておるのに驚きましたと。先生の信心が変わっておられるのに驚きましたと言うて、今日はそのある青年の方が申しておりました。
  それはもう言うならばその表行と云った様な事はしてはならんと言っておるからなんです。それは私の信心が日進月歩、矢張り本当の事に向かって進んで行っておる印なのです。だからそういう過程もあってよいけれども、本当の所を目指すとこだけは目指しておきませんと、チャンスがあっても、本当な事になっていかん。今日は栄四郎のお話と、今日お取次をさせて頂いた。
 日田の心という詩を頂いた色紙の人の御理解が「踊る心」と云う事であったが、踊る心というのは、心が喜びで躍動しておる時であるね。それこそこういう難儀な中にあっても、難儀を難儀と感じないだけではない、その事に対してお礼が言える。暑い寒い時に、暑い寒いを感じんで済む程しの心の喜びと云う物がですたぎって来るとね。そういう心でなら、もし栄四郎がそういうチャンスに恵まれたら、是はやっぱり大先生、親先生になるだろうと思います。そのチャンスね必ず訪れて来るだろうと思う。
 小さい時からの夢をね育てて行こうと、やっぱり今でも出来ないけれどもやっておると云う事を言うておりました事からね。又は今日日田のその方の喜びの状態と云う物をお取次させて頂いて、その踊る心というのは成程そうであろうと思われるその方の話と二つを一つにして、皆さんに今日聞いて頂いたらね、矢張り目指す所は本当の所ではなからなければならんと言う事がお解り頂けると思うので御座います。
   どうぞ。